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恐怖心霊現象 怪談百物語 第23話 井戸から聞こえる悲鳴

むかしむかし、羽後の国の大館に、長山武太夫という剣の名人がいました。
その名は国中に知れわたり、武太夫の道場には、全国から入門を願い出る者が大勢集まってきました。
武太夫は気立ての良い奥さんと数多い弟子に囲まれて、とても幸せでした。
ところが武太夫にはひとつだけ、人に言えない悩みがありました。
それは、一人娘のみさおが生まれて一年もたつというのに、泣きもしなければ笑いもしないのです。
あちこちの医者や占い師にも見てもらいましたが、どうして声を出さないのか、さっぱりわかりません。
それでもみさおは病気ひとつせずに、すくすくと育っていきました。

さて、みさおが二歳になった春の日の事。
女中のお松が温かい庭先で、みさおをおぶって子守りをしていました。
庭のすみには大きくて深い井戸があり、水面はいつも鏡のように澄んでいます。
お松も年頃の娘なので、ときどき井戸に自分の姿を写しては、身だしなみを整えたりしていました。
今日もお松は、みさおをおぶったまま井戸をのぞきました。
するとそこには、若い娘の顔がありました。
色が白くて目が大きく、とても美しい顔です。
「きれい。まるで、わたしの顔じゃないみたい」
お松はうれしくなって笑いかけると、水面の顔も笑います。
それを何度か繰り返しているうちに、背中のみさおが『くすっ』と笑ったのです。
「おや、みさおさまが声を出したぞ」
お松は、もう一度みさおを笑わせようとして、井戸の上に身を乗り出すと、
「ほれほれ、みさおさま、ばあーっ」
と、肩をゆすったとたん、みさおがするりと井戸の中へ落ちたのです。
「しまった!」
あわてて助けようとしましたが、お松の力ではどうする事も出来ません。
「誰かー! 誰か来てー!」
お松の悲鳴を聞きつけ、武大夫や弟子たちが庭へ飛び出してきました。
「どうした!」
「み、み、みさおさまが・・・」
お松は震える手で、井戸の中を指差しました。
すぐに弟子の一人が井戸に飛び込み、水の底に沈んでいたみさおを助けあげました。
「水を吐かせろ!」
「体を温めろ!」
みんなは必死でみさおを介抱しましたが、駄目でした。
武太夫と奥さんは、冷たくなったみさおにとりすがって、声をあげて泣きました。
あまりの出来事に、お松はぽかんとつっ立っています。
やがて立ちあがった武太夫は、すさまじい顔でお松をにらみつけると、
「お松、よくも大切な娘を殺してくれたな!」
と、言うなり、お松の顔を力いっぱい殴りつけました。
「許してください! 許してください!」
でも武太夫の怒りはおさまらず、お松を引きずり起こすと井戸の中へ突き落とし、近くにあった大きな石を持ち上げて、お松の上へ力いっぱい投げ込んだのです。
「ぎゃあーっ!」
お松の悲鳴が、井戸の中からわきおこりました。
それには弟子たちも驚き、
「先生、このままではお松が死んでしまいます」
と、言いましたが、武太夫は、
「かまわん、ほっておけ!」
と、言ったきり、みさおを抱き上げて部屋に閉じこもってしまいました。
「お松を、はやくお松を助けるんだ!」
弟子たちが、急いでお松を引きあげましたが、お松は血まみれになって死んでいたのです。

そんな事があってから、この道場に、おかしな出来事が起こる様になったのです。
夜中に、井戸の中から、
「ぎゃあーっ!」
と、言う悲鳴が聞こえてきたかと思うと、急に明かりが消えて、部屋の中に血だらけのお松が現れ、武太夫の顔を見て笑いかけるのです。
「おのれ、まださまようているのか!」
武太夫が刀で切りつけましたが、まるで手ごたえがありません。
いかに剣の名人でも、幽霊を切る事は出来ませんでした。
怖くなった弟子たちは、みんな道場を出て行ってしまいました。
そしてある晩、武太夫の屋敷が火事になり、武太夫も奥さんも召使いも一人残らず焼け死んでしまったのです。

今でもこの屋敷の跡には、お松の霊をなぐさめる小さな地蔵がたてられています。
そしてそばにある大きな石は、井戸から引きあげたものだということです。

 

引用:福娘童話集
http://hukumusume.com/DOUWA/index.html

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